鉄道と自転車の併用を促すベルギーの自転車店
前回のベルギー・ゲントの原稿で次回はパリ!と威勢よく書いたのですが、ベルギーの自転車文化を紹介するうえで大事な存在を一つお伝えせねばならぬと思いたち、フランスに向けて「出国」するのをしばしとりやめることにしました。ということで、今回もまたベルギーの街の様子にお付き合いください。自転車のよいところは思いのままに寄り道できることですしね。
今回のテーマは、ベルギーの主要な駅にはほぼあるといっていい自転車店の話です。ただし、自転車は(ほぼ)売っていません。提供している主なサービスは自転車のメンテナンスです。ほぼ、と書いたのは、少しだけ中古の自転車を店頭に並べているのが見られるだけで新車の販売はないためです。
その「お店」の名前は Fietspunt(フィッツプント)。公式の英訳ではBike Point(バイクポイント) だそうです。そして、大変興味深いことにこのFietspuntの事業主体は鉄道事業者、具体的にはベルギー国鉄(オランダ語では頭文字をとってNMBS、フランス語ではSNCB)であるという点です。日本では国鉄の存在はもはやありませんが、JRが自転車店を展開しているようなものです。
そして、なんとベルギー国鉄の50以上の主要な駅にそのお店は存在しているのです。今回私はブリュッセル北駅、ゲント・シント・ピータース駅、ブルージュ駅にあるそれぞれのFietspuntを訪れてみました。
Fietspuntは何のためにある?
Fietspunt が存在する目的は、鉄道と自転車の併用を促すことにあるとしています。だからこそベルギー国鉄が運営主体として展開しているわけです。ベルギーの鉄道は、EU全体の流れと同じく上下分離方式と呼ばれ、線路などのインフラ管理を行う会社と、旅客や貨物の輸送サービスを担う運行会社とに分かれています。
上下分離とは、線路(下)などは国などが、列車の運行(上)などは民間が効率的におこなうというものです。そこで運行会社にとってはいかに乗客が鉄道を利用しやすくできるか、そして駅での乗り継ぎを便利にできるか、駅でのサービスの質を上げるかが求められます。
その一つが、鉄道と自転車の併用、つまり乗り継ぎの利便性を高めるために必要な施策でした。歴史は2007年にブリュッセル北駅の構内にはじめてのFietspuntが登場するところまでさかのぼります。通勤や通学などで自転車を日常的に使われている方には容易に想像していただけるでしょうが「駅まで自転車に乗っていったらパンクしてしまった」「ブレーキの調子が悪いけど毎日の通勤・通学のタイミングではお店に寄るのは難しい(だいたい通勤・通学の時間帯には自転車店はお店があいていない)」といった課題が生まれてきます。
そこで、Fietspuntは駅の構内または駅に隣接する駐輪場の中にお店を構えることで、自転車に関する相談になんでものってくれ、メンテナンスも受けられるようにしました。さらにFietspuntの仕組みが面白いことは、駅に併設されている駐輪場の監視、自転車のワークショップの開催、レンタサイクル(後述しますが、Blue-bikeという仕組みがあります)の管理、さらには旅行客が自転車で観光する際に必要なアドバイスもしてくれます。
こうして重層的に機能を重ねるシステムは、日本では大規模なかたちでは見たことがなく、駅に併設されることがある公共駐輪場の運営は指定管理制度によって自治体から委託されることがほとんどです。ごくまれにレンタサイクルの貸し渡しの役割を重ねられていることはあっても大半は駐輪場の運営を担われているのみで、自転車の修理までお願いできるケースは極めて稀です。
駅まで自転車に乗っていく途中でパンクしたとなるとたまたま駅の近くに自転車屋さんがあればラッキーですが、そうでなければパンクした自転車をひいていくか、もしくは交換用のチューブかパッチキットを持ってきて自分で直さなければならないわけです。筆者はFietspuntの役割を知ったとき、「この存在はきっと多くの人を幸せにするはず」と感激しました。
実際の店舗運営の大半はvzw(日本でいうNPO法人のような非営利団体のこと)にそれぞれ委託されています。例えば、ブリュッセルの中心的な駅であるCentral(ブリュッセル中央駅)、Nord(ブリュッセル北駅)、Midi(ブリュッセル南駅)では、Cycloというvzwが運営しています。そのCyclo、駅以外でも独自で店舗を構えていて、ブリュッセルのルクセンブルクエリアというEU議会のあるエリアなどにも存在しています。
なお今回の主題とは外れますが、Cycloは、ベルギーのストリートワーカー、主にアフリカからの移民などで職を求めている人に対する就労移行と職業訓練も続けています(ベルギーの国際NGOであるDynamoという組織を通じた取り組み)。社会に不可欠な自転車という存在の仕事を通じて社会参画を促す仕組みが素敵です。
ブリュッセル北駅のFietspunt
では、ここからはいくつかのFietspuntをご紹介していきましょう。1つめはブリュッセル北駅です。こちらは駅の建物の中、地下のフロアにあります。
約400台の駐輪スペースと併設されていて、その駐輪スペースもしっかりとした柵の中で管理されているため盗難やいたずらの不安も減ります。駐輪場利用は、定期券を購入している人は月間7.5ユーロ、一般利用は12.5ユーロとなっています。
ゲントの駅のFietspunt
続いてゲント・シント・ピータース駅のFietspuntです。駅の南側にある大きな駐輪場の一角にあります。
入口で作業していた方に「中を見せてほしい」と聞いてみると、ボスに確認してみて!と言われ、Fietspuntの建物の中に。するとお子さんを連れた家族らしき方が何かしら自転車の相談をしている様子でした。その話が終わるのを待ち、「日本から来たんだけど、お店の中を見てみたいです!」と話しかけたところ受け入れていただき、整備・点検の様子を撮らせていただきました。
自転車屋さんだといったらそこまでですが、いやここであらためて、Fietspuntは自転車販売店ではないということを思い出す必要があります。私たちが日本での印象をもとにすると、どうしても自転車も販売もされていると思い込んでしまいます。でもFietspuntはあくまでこの地域に暮らす人たちのための自転車修理を担う役割だし、かつ、駅を利用する人たちをメインターゲットにしているわけです。(念の為ですが、ゲントの市内にはいわゆる普通の自転車販売店ももちろん存在しています)
ところで、日本国内で私の知る自転車店の経営者のうち何人かの人たちは、リアルなお店は持ちつつも整備・修理を中心に利益を出すんだと明確に焦点を絞っておられる方もいらっしゃいます。
販売をゼロにされているわけではないものの新車の販売で得られる粗利は必ずしも大きくないのが実情で、整備・修理による工賃を適切に得ることでお店の維持に必要な粗利を確保されようとしているのです。かつ、コロナ禍を経て、小さな規模で経営されている自転車店さんでは在庫確保の負担や年間の販売台数(金額)の目標が厳しくなっていることも聞こえてきます。
Fietspuntの存在意義とはやや話がずれてしまいますが、技術力をもった方たちが思いきり活躍できる場所として、日本でもこのような駅・駐輪場との組み合わせでニーズの高い整備・修理スポットをつくるということもまたアイデアとして考えたいところです。
ブルージュ駅のFietspunt
最後はブルージュの駅にあるFietspuntです。こちらは駅の建物に隣接する駐輪場の建物の1階に位置しています。看板に書いてあるように、ここでは整備・修理だけでなく、レンタサイクルや中古自転車の販売もしています。
ブルージュのFietspuntを運営しているのは Mobyspotというチームで、Groep INTRO vzw(INTROグループ)という非営利団体の一部です。INTROグループもまた、職業訓練や社会参加を促すための取り組みを続けている組織で、古くは1950年代後半にベルギーで生まれ、その後2003年に自らが事業体となってMobyspot のような事業に乗り出します。
さまざまな困難をもちながらも仕事を身につけ社会参加をしていきたいという人に対して、ここでもまた自転車という存在が社会と結びつけてくれている様子があります。
鉄道に乗せられる自転車
ベルギーの鉄道と自転車についてご紹介しましょう。ベルギーの鉄道に自転車を乗せるのはとてもシンプルです。折りたたみ自転車は無料で、いわゆるロードバイクやクロスバイクなどは4ユーロで乗せることができます。
折りたたみが無料だからなのか、通勤で使っている人たちの自転車を見ると日本より折りたたみ自転車をよく見かけます。こういう具体的な料金設定で積極的に自転車の持ち込みが促されるのも素晴らしいことです。
ベルギー国鉄は、自転車を鉄道に乗せることについて相当積極的で、最新の2階建て車両であるM7型車両ではさらに自転車スペースを増設し、2025年までにベルギー国鉄全体で6,700台分のキャパシティを用意するとしています。
ここで一つTipsを。もしこれからベルギーを訪れる方がいらっしゃれば一つだけ注意が必要です。ブリュッセル中央駅は、ルール上は自転車を持ち込んでの乗降ができません。地下ホームかつラッシュ時の停車時間は短く、常に混雑しているということもあり、最寄りの南駅または北駅の利用をおすすめします。
ところで、よく初めて自転車を買いたいという周囲の人から相談を受けるとき「自転車って折りたためると便利でしょ」とたずねられることがありますが、日本だと「いや、じつは日本では頻繁に折りたたみをする機会ってなかなかないよ」と答えることがあります。そんなに毎日折りたたんで開いて、としている人がどれぐらいいるかというと「折りたたまない自転車」になってしまっている存在のほうが圧倒的ではないでしょうか……。
国内でも地方のサイクルトレインを中心にそのまま持ち込める鉄道も増えてきていますが、こうして折りたたみ自転車の存在が認められているのはうらやましいですね。というブロンプトン乗りのひとりごとでした。
もう一つ素敵なことをご紹介しましょう。駅の駐輪場にはこうしたツールキットとポンプがセットになったものがたいてい置かれています。この写真はブリュッセル中央駅から20分ぐらい行ったローカル駅の駐輪場で、平日でも決して乗降客数が多いわけではありません。ただ、ブリュッセル市内との通勤などで自転車を持ち込む人もいるのでしょう、鉄道と自転車の併用が進むなかでこうした工具類が駅で利用できる環境も大事なことです。
Blue-bikeとFietspuntは相思相愛
最後にベルギー全土で展開されているシェアサイクルについて触れることにします。ベルギー国内の多くの都市の駅近くで利用できる青い自転車「Blue-bike」は、もとは2011年にベルギー国鉄が中心となって始め、その後ベルギー北部、フランデル地方で路面電車とバスを展開しているフランデレン交通公社(De-jin)が中心となって運営されています。
2023年末現在でベルギー全土に2,700台の自転車が投入され、36,000人の会員により年間35.6万回の利用(2023年)がなされています。最近は電動アシスト自転車も投入され始めました。
Blue-bikeはシェアサイクルといっても少し特徴的なサービス形態です。まず、自転車の貸し借りができるポート(専用駐輪場)は駅近くなどに限定的に置かれているのみです。たとえばブリュッセルやゲント市内にはそれぞれ4ヶ所、アントウェルペンは5ヶ所だけです。また、借りた場所に返すことが原則です。違う場所で返そうとすると追加料金が必要になります。ポートを密度濃く展開して細かな移動を担うという役割ではなく、鉄道や路面電車、バスとの接続性を高めつつ「長時間のレンタサイクル」として駅を起点にした自転車利用をターゲットにしています。
料金体系もそれにならっており、年間登録料(12ユーロ)に加え、24時間単位の料金設定です。自治体によっては補助が出ており多少安くなるものの、多くの都市では24時間までの利用料金は3.5ユーロと低廉に設定されており、自転車で一日まちの中をまわるといったニーズにあいそうです。
ブリュッセルやアントウェルペンにはそれぞれの地域で自治体が主導するシェアサイクルが存在しているなか、同じく公共的なサービスが用意されているとお互いのニーズが衝突してしまうのではないかと心配してしまいますが、こうしたモデルの違いでうまく役割分担が出来ていそうです。実際、2020年には年間利用回数が17.2万回だったところから4年で2倍以上に伸びてきています。
そして、このBlue-bikeの整備もまた、Fietspuntの業務の一つです。なにせ多くのBlue-bikeのポートがFietspuntのそばにある駐輪場に併設されているわけで、わざわざ遠くまで整備のために出かけなくてもすぐに作業することができます。Fietspuntのプロとしての仕事が一石二鳥どころか一石四鳥ぐらいにもなっていますね。
好循環を生みだすFietspuntの存在
今回、日本の皆さんにただFietspuntという存在だけを紹介したかったわけではありません。Fietspuntがいかに多くの役割を効率的に担っているか、そして運営がどのような存在の方たちに任されているのかを書き加えていることで、循環型経済の中において新たな雇用をうみだす力が自転車の世界にあるということをお伝えしたかったのです。
ベルギーを訪れる際には、ぜひ、あま~いチョコレートやワッフル、数えきれないぐらいの種類があるベルギービールといった定番の食べ物だけでなく、こうした自転車文化にもぜひ触れてみてください。
本連載の筆者、家本賢太郎が代表をつとめるリユース自転車チェーン「バイチャリ」は国内最大級の品揃えで展開中。自転車を買いたい、売りたいと考えているアナタはぜひともチェックを!